比叡山の、とある弁天堂のお護摩へ
- spielen0622
- 8月3日
- 読了時間: 2分
更新日:8月4日

友達から教えてもらって気になっていた、
比叡山の無動寺谷辨天堂のお護摩に参加させていただきました。

ほぼ始発で東京から新幹線に乗り京都へ。
延暦寺内を右往左往しながらも、開始の13時にギリギリ間に合いました。

お護摩やお勤めに参加させていただく時間は、感謝の気持ちと願いを遠くに投げるような、
大地に、地球に、神様に届くことを込めて意識を向ける時間に感じます。
また導師様や、参加されている方々とも気持ちを集中させて一つになる体感があります。
そして自分自身とも向き合い触れる時間でもあります。
読経は、呼吸や発声、そのために体を使います。
意味は解らなくても大切なのは、音。
音を媒介して身体が空間と響き合いって触れ合いが起こります。
体内に起こる言葉にならない感覚を感じ続ける時間。
終了後は、体の芯から澄み切ったような清々しい気分に満たされました。
また、導師を務められるご住職様からお声がけいただき、とても親切にしていただき、
お参りを心から歓迎してくださっているようでとても嬉しいひと時となりました。

お堂の建てられている場所は、山中の谷を下った先で
その奥に瀧か渓流が流れているかのような、
ひんやりと潤った空気に包まれています。
俗世間から離れた場所の、衆生に開かれた聖域でした。
他の参加者の方々は、何度も通われているようなご様子で
ご近所なのでしょうか、羨ましく思いました。
私は次はいつお詣りできるかな、トンボ帰りなのが少し切なくなってしまったり。

今回、カーナビやiPoneのマップ情報が思うように作動しなかったり
アクシデントもあり、少し焦燥感や不安にも襲われましたが
無事に辿り着き、参加させていただけて良かったです。
素晴らしいお護摩に参加でき、
お世話になった方々や巡り合わせの計らいに感謝の気持ちでいっぱいです。
有難うございました。
また、遠くない未来にお参りできますように。



